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2007/11/12

民主主義のコストを無視してやしないか?

自分がよく覗くBlogの一つに藤末健三参院議員のBlogがある。以前、早大大学院時代に一度MOTの講義を受けたことが縁で、それ以来色々と覗かせて頂いたりコメントを寄せたりしている。

で、その藤末議員のBlog経由。

[国会議員]1人当たり経費3億1078万円なり 政府試算

藤末議員の主意書では、議員1人辺り3億円以上も議員にコストがかかっている→減らせば経費削減になるってことらしい。まぁ、確かに国会議員は衆参合わせて600人超いれどもが、その全員が全員まともな仕事もせず、加えて政党交付金の流用だの経費の水増しだのが大騒ぎになっていれば、議員の数を減らせって感情が出てくるのも当然なのかも知れない。

だが、考えてみよう。議員の数を減らせば質は上がると言えるのだろうか?仮に今の権限をそのまんまに議員の数が減れば少ないポストの人間が多くの権限を握るってことになる。そうなれば巨大な権限を目当てに激しい選挙戦が行われて、とまではいかなくても何らかの候補者調整や団体回りとかをして組織力勝負ってことになってしまう。そうして勝ち上がっていた議員が、国民の方を向くだろうか?まぁ、確かにメディアに出て格好のいいことを言うくらいはするかも知れないが、往々にして業界団体や圧力団体の利益を代弁することに向かうのは予想がつくだろう。幾ら浮動票で最後は決まると言っても、基本的には組織力勝負になってしまう訳だから。

それに議員の数を減らしてしまえば、それだけ民間から政府に関わる人間が少なくなるということになる。今でさえ官僚主導だの天下りだの官業癒着だの大騒ぎしていて、政治家が官僚の言うがままにされているのに輪をかけて政治家の統御を弱めろとでも言うのだろうか?議員の数を減らす分スタッフを増やせば好いと言う意見もあるが、リンク先の記事が言及している様にその分だけ経費は桁違いに跳ね上がっている。ボランティアで賄えば、って言っても罷り間違えれば(現在の私設秘書なんかの様に)業界団体や企業による"ヒモ付き"になって、新たな癒着のタネにもなり兼ねない。

少数精鋭の政治家にコストがかからず官僚組織も言うことを聞いて且つオープンでクリーン、ってのならどんなに理想的だろう。しかし、そんな絵空事はどう考えても不可能でしかない。官僚組織の頚木を脱するなら政治家の数かスタッフを多くすべきだし、クリーンにするなら相応のコストも必要となる。コスト高だから議員の定数を減らせって言う論者は、民主主義自体のコストすら理解できていないとしか思えないのだが?

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