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2008/02/05

No Politician, No matter

自分がよく覗くブログの一つである「NATROMの日記」にこんなエントリがあった。

"No doctor, no error"の初出はいつか?


"No doctor, no error"という言葉がある。「医療ミス」の責任を厳しく問うことで医師が辞めていく現象を指して言われる。(中略)「ミスの責任が問われるのは当たり前ではないか、医師は甘えている」と思われる方々もいるであろう。もちろん、過失があれば責任を問われるのは当たり前である。ただ、過失がなくても結果が悪ければ責任を問われることもある。「医師の機転や処置のとりかた、手術に間違いがなければ、なぜ死んでしまったのでしょうか」。医師が間違わなければ患者は死なないかのように考えられている。遺族がそう考えるならまだ仕方ないとも思えるが、警察や検察、裁判官、マスコミも医療の不確実性を理解していない。明らかな過失が罰せられるぐらいで医師が逃げるものか。

この話を聞いて思ったのが、最近流行りの「小さな政府」、具体的に言うと行政のスリム化と議会の定数削減である。確かに「公務員は甘えている」「議員は特権に甘んじている」って批判があるのは承知の上だし、その批判の中には流石に納税者の立場からして当然のものであるという点にも同意する。だが、下手にスリム化に走らせることで例えば過重労働当たり前・低賃金も非正規雇用も当然、ってことになるのは少し考えるべきだろう。単純作業だからマニュアル化でき効率化が図れるってのは一見聞こえが良いが、下手に非正規雇用や外部委託を導入して却って責任の所在も曖昧になったりしたら、それは本末転倒でしかない。

議会の定数削減はもっと始末が悪い。肝心の有権者の意志を代弁する役であり、時には行政府に対し監視の役割を持っているタテマエになっている。生憎、多くの自治体議会はそうなっていないって悲しき現実は認めざるを得ないが、それを数を減らして少数精鋭にすれば質が向上するってのは拙速に過ぎる。少数精鋭にしてしまえば、一人当たりの権限も利権も大きくなるし、少なくなったポストをめぐって今度は組織の動員力をかけるほどの激しい競争になることは間違い無い。もっともその分だけ大きな責任を負うって反論も可能だが、そもそも強大になった権限を持つ人間が果たして責任を負うことに熱心になるだろうか?その論法なら独裁国家の独裁者は、責任を追及される危うい存在ってことになるが寡聞にしてその様な話は聞かない。

まぁ、片や責任追及が下手に過大になり過ぎてなり手が減り、片や責任を負わないから数を減らせって、一見逆の事象になっているから、両者を並べて論じるのは不適切かも知れない。だが、両者には「少数精鋭」に任せて責任を負わせれば素晴らしい成果を収めるという希望的観測を背景としている点で共通している様に自分には思えてならない。「少数精鋭」の善意で巧くいかないが故に夜警国家は失敗し、結果として福祉制度や法的規制の整備という結果になった──それは「小さな政府」論者が目の敵にしているものでもある──のが歴史の教訓であった筈なのだが・・・・・



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